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生きていること=スピリチュアル

最終更新: 10月24日



シンクロライフコーチMASANORIです。



「スピリチュアル」って聞いて(見て)どう感じますか?

 えぇ~~~!なんだか

 怪しいし 危ないし 怖いし よくわからないけど嫌い・・・

 って声が聞えてきそうです

 以前の私もそんな感じで「スピリチュアル」「スピ」「スピな人」って言葉には 

かなりの違和感というか抵抗がありました。

 スピリチュアルをWIKIしてみると


英語のスピリチュアル: spiritual)は、ラテン語の spiritusに由来するキリスト教用語で、霊的であること、霊魂に関するさま。英語では、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄、または、の、聖霊の、の、の、精神の、超自然的な、神聖な、教会の、などを意味する宗教形態。キリシタン用語としては、ポルトガル語読みでスピリツアル、すぴりつあると表記される。


 読んでみても 全く「スピリチュアル」に対して高感度があがりませんし

興味が湧くことがなかった ことを思い出します。


 基本的に人は 

知らないことを欲しくならないですし 知らないことに不安や恐れがあります。


身近な例をあげてみます。

始めて食べた料理が とても美味しいと思って それ以来リピートしている食べ物や

お店ってありませんか?

始めてみる景色がとても素敵で その後 何度も訪れる場所ってありませんか?

 ブログを書いている人なら それを記事にして紹介したりしていることと思います。


どんなに素敵で美味しいお店でも 知らなければ食べたいと思いません。

どんなに見事な景観でも 知らなければ行きたいになりませんよね。

 上記WIKIのスピリチュアルを調べたページの中に

医療・ケアについて別ページで説明されていました。


「スピリチュアルケア」は、身体的ケア・精神的ケア・心理的ケアにまさっているともされ、また、人間の究極的なケアともされる。 「スピリチュアル」だけだと 不信になったり怖かったりするのですが

 そこに 「ケア」って言葉が入ってとたん なんだか安心感があります。 さらに WHO定義として書かれています。 「スピリチュアル」とは、人間として生きることに関連した経験的一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である。多くの人々にとって、「生きていること」が持つスピリチュアルな側面には宗教的な因子が含まれているが、「スピリチュアル」は「宗教的」とは同じ意味ではない。スピリチュアルな因子は、身体的、心理的、社会的因子を包含した、人間の「生」の全体像を構成する一因子とみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念と関わっている場合が多い。 (WHO「ガンの緩和ケアに関する専門委員会報告」1983年)

私にとって「スピリチュアル」とは 最も身近で最も遠いものって感じです。  「スピリチュアル」って言葉だけで 食わず嫌いはもったいないよーってことです 私も長く 食わず嫌いでした。 私自身が自死を考えたり歳の近い親戚が自死を選んでしまったり 長男が亡くなったりと その時には スピリチュアルを敬遠していました。  これだけ文字にしていて なんなんですが 今でも 「スピリチュアル」って言葉には 少し抵抗があります  そして思うのですが つまみ食いでも構わないのです。

「スピリチュアル」の中で多く語られている

「神」や「宇宙」の部分に引っかかるのであれば その部分は ひとまず 横に置いておけばよいと思います。 安心してください どんなに敬遠しても 生きていること自体が 「スピリチュアル」なことですから



最後までお読み頂きありがとうございました

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